akiko.k(ぬる)さんの昔の日記です。

「遠い灯、遠い場所―祭りばやしの風景」

JRから地元との駅へ降り立つと、今日は盆踊りの日。
地元。地元といっても住み始めてまだ3年。
祭りばやしの灯と結びついているのは22年居続けた、あの街。

あの頃わたしたち家族は駅前のアパートに暮らしていた。
1階が店で2階が住居。
アパートは地盤が緩く、目の前の県道をダンプが通る度にぐらぐら揺れる代物だった。
夏になると、裏の空き地で盆踊りがあった。
太鼓とレコードの音を拾って流すスピーカは、いつもうちのアパートの屋根に取り付けられた。
どん、と鳴る度に建物ごとぐらっ、と揺れる。
祭りなんか大嫌いだった。
あの子が来るまでは。

小3の途中で転校してきたきぬは、人懐っこい目をしていた。
漫才ブームのあの頃、大阪弁の彼女がクラスの人気者になるのに時間はかからなかった。
わたしはその頃からもう捻くれていた。
算数のテストの点だけが自分を全うに評価してくれていると思い込んでいた。
そんなわたしにも、きぬはあの人懐っこい目で
「なあ、算数教えてくれへんか? あきの教え方、分かりやすいんねん」
と何度も話しかけてきた。
あの目を見ていると、何だか不思議な魔法をかけられたようで、何故か気分が良かった。
「あきの家、お店なんだってなぁ。うちも、前のところに住んでいた頃はうどん屋だったんや」
そう彼女に云われると、こちらもなんだかほろりと心がほぐれた。
わたしは小学校で初めての友達を作った。

4年に上がった。
きぬの名字が変わった。
担任は何も説明しなかった。
「『かたおや』しかない子とは付き合うなってお母さんが云った」
そういってきぬの元を去る子が次々と出だした。
それでも彼女はあの笑顔を絶やさなかった。
きぬは学校から20分ある一軒家に移り、自転車に乗れないわたしを自分の後ろに載せてよく家まで連れていってくれた。
わたしはきぬに算数の宿題を教え、きぬは本場仕込みのジョークでわたしを笑わせた。
そして「鍵っ子」とわたしたちをそしる級友の悪口を言いあい、腹を抱えて転げ回った。
共働きが珍しい時代だった。

わたしたちは子供なりの感覚で何かを共有しあった。
それは「哀しみ」と呼べる類いのものかも知れないし、違うかも知れないが。

5年になり担任が変わった。
相変わらず算数は満点が取れた。
「こいつ家でこそこそ勉強しやがって」
そういって担任はわたしを詰り、拳で殴った。それをきっかけにいじめが始まった。
わたしはそれを家族に云おうとはしなかった。云っても何にもならない。腐った大人。腐った奴等め。
ある日家に帰ると、いつもはわたしに無頓着だった母が、わたしを抱きしめた。
「あき…気づいてあげられなくて…いじめられてるんだって…」
「何で知ってるの…」
「きぬちゃんがさっきお店に来て教えてくれたのよ、先生にいじめられてるって…」

まだ救いがあった。
わたしは何年かぶりに、大きな声でわんわんと泣いた。
涙が海になって、わたしの心を包んだ。

それからは必死になった。子供なりに。
家族で相談した。地元の中学に行ったら殺される。
進学塾に通い、私立中学を目指すことにした。
私立を目指す親子に、地元の目は決して暖かくない。
「貧乏人が無理して金を遣って」
そんな聞こえよがしの一言も親の一人から聞いた。
靴も教科書もランドセルも燃やされた。
体中には青痣が沢山出来た。
それでもわたしは「殺されないためには」と頑張った。
けれど一人では出来なかっただろう。
傷口から溢れる血をふき取って
「わたしが見守ってる。頑張って」
と励ますきぬの存在が無ければ。

神様は救ってくれたのか。
わたしは都内のある中学に合格した。
真新しい制服を着て、わたしは地獄の日々から抜け出せたことを感謝した。
しかしそれからの日々は奇妙な日々だった。
医者の娘、教師の娘、弁護士の娘。
「天は二物を与えず」
そんな言葉はうそっぱちだということを12歳で思い知らされた。
アパートに住んでいるなんて、わたしくらいだっただろう。
ソフィストケイトされた空間になじめず、激しいいじめこそ無かったものの、やはり独りぼっちだった。

そんなある夏の日、店の連合会で盆踊りに屋台を出さないか、と持ちかけられた。売り子は店の子供たち。
その会話を店の中で聞いていたきぬが
「ねえ、あき! 一緒に売り子しよう!」
きぬは地元の中学に進んで、帰り道は決まって学校とは反対のうちに寄っていてくれていた。
「じゃんじゃん売って、じゃんじゃん稼ごう! 楽しいよ! みんな喜んでくれるし!」
わたしは迷った。正直地元の子とは余り顔を合わせたくなかった。けれどきぬが云うと、何か楽しげに聞こえた。
わたしはうなずいた。

祭りの日、昼は雨が降っていたが、夕方にはやんだ。
テントの中でわたしたちは売り物を広げ始めた。
他愛も無い会話をしながら夜が来るのを待つ。
太鼓の音。東京音頭。祭りの始まり。
雨に濡れた地面を見ると人出が心配だったが、お囃子に惹かれて駅からどんどん人が集まってくる。
ニュータウンの新しい住民が、物珍しげに屋台により、焼き鳥やヨーヨーを買い、踊りの輪に入っていく。
古い街ではなくなったんだ。そう実感した。
これほど人を惹きつけるなんて。
わたしは忙しく景品を売りながら、嫌いだった祭りが、少し好きになった気がした。

炭坑節を最後に川の向こうで花火が揚がり、祭りは終わった。
きぬとわたしは福袋とお駄賃をもらい、駅前でジュースを買った。
街灯に集まる虫達を見ていた。
二人とも押し黙って。
きぬがひと言云った。
「あき…この街でて正解だよ…」
「…なんかあったん?…」
きぬはうつむいて
「終業式の日にな、担任に土下座させられたん。あんたみたいな成績の悪い子、うちのクラスの恥だってな」
何も云えなかった。
「…大人になんか、なりたくないなぁ」
そういってきぬはジュースを飲んだ。
何も云えなかった。
そして彼女は寂しげな、涼やかな笑みを浮かべた。
何も云えなかった。

それから会ったのは1回きりだ。
彼女は中学を卒業したあと、入った高校を1ヵ月でやめた。
そのことを聞いた時、わたしは後悔した。
きぬはわたしを助けてくれたのに、わたしはきぬを助けられなかった。
しかし、わたしが高2の時に会ったきぬは相変わらずさっぱりしていた。
開口一番
「ちゃんと勉強してるか?」
絶句するわたしに
「あきは勉強が取り柄なんだからな。わたしみたいに、力仕事が取り柄もあるし」
そういって彼女は笑った、明るく。
「職場に東大出で中退した人がいるんよ。その人が云った。目的もって勉強しないと何にもならんと」
彼女は何度も繰り返した。目的を持て。

その言葉をきちんと覚えていなかった、わたしはどうしようもない愚か者だ。

わたしが流されるままあちらこちらをさまよい、無駄に傷つき、無駄なことを覚え、大切なことをどんどん忘れていった間、彼女は結婚し、2児の母となり、今は千葉で幸せに暮らしている。
今日、何とは無しに母に彼女のことを聞くと、そう教えてくれた。
わたしがあの街を見捨てても、彼女は時々店に来てくれると云う。
子供を連れて、
「あきちゃん元気ですか?」と。

彼女に会いたい。
今なら10何年の後悔を二人で笑い飛ばせるかな。
後知恵であの頃の出来事を冷静に振り返ることが出来るかな。

風呂の中で彼女の記憶があふれ出て、涙が零れそうになった。
髪を拭き、ベランダに出ると、祭りの明かりは消えていた。

あの街の祭りは去年を最後に終わっている。
 
 
 

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